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由比ヶ浜から鶴岡八幡宮への測線は歩測だった

 三浦半島を周回し四月二〇日小坪村に泊まる。翌日は
  『同二十一日 朝晴。腰越村役人見廻に来る。六ツ半前小坪村出立。乱橋、材木座村、此村より鎌倉郡なり。光明寺、浄土宗の大寺あり。由井浜より鶴ケ岡八幡宮迄脚間を以測量し、それより無測量にて参詣。建長寺、円覚寺、大仏、長谷村へ下り坂下村、海辺、稲村ケ崎を回り、腰越村へ止宿と泊触出置候所、江ノ島の渡汐千にて歩行になり、且江ノ島周囲も測量相成候旨を申候間、江ノ島止宿繰替を談候所、腰越村には止家無之、寺を用意致候趣に候間、大に悦、江ノ島役人も江ノ島止宿宜候旨に付、江ノ島泊に致し、直に左の海辺を測量し、岩屋の前、竜池という所より帰り止宿、夷屋吉右衛門。』

 材木座村から由比浜へ向かい、ここから鶴岡八幡まで歩測した。海岸の測線は間縄を張ったが八幡宮への測線は歩測だった。
 第一次測量は全部歩測、第二次以降では作業要領を変えて、全部縄を張ったが、ここだけは歩測とことわっている。
 江戸の近郊では珍しい忠敬歩測の道である。皆さんも歩測してみてはいかが。
 因みに、現在の国土地理院の地図に伊能図上の測線を重ね合わせてみたところ、伊能図を反時計回りに14度回転させることでうまく重ねあわすことが出来、鶴ケ丘八幡までの距離はドンピシャリとなった。

 鶴岡八幡に参拝のあと、無測量で、建長寺、円覚寺、大仏、から長谷村経由腰越へ出た。伊能測量では著名社寺には門前まで測量していって、境内、宝物などを案内してもらうことが多い。一種の役得かも知れない。最近分かったのだが、大和の法隆寺のような大寺院にも参って、美麗な境内図など謹呈されている。西国の一の宮にはよく参っており、そのためだけの盲腸のような行き止まり測線が各地にみられる。

 腰越にはしかるべき宿舎がなかったので、村役人は寺院宿泊を勧めたが、江ノ島への砂州が干上がっていた。
・忠敬「江の島の周辺も測りたい。江ノ島に渡れるようだが、江ノ島泊りはどうかな」
・村役人「それはいい。早速、江ノ島の役人に掛け合いましょう」
 江ノ島泊りと決まると、江ノ島の東海岸を岩屋の前の龍池まで測り、夷屋吉衛門方に泊まる。翌日は西海岸を測り、全員揃って弁天の本宮に参詣。岩屋周辺も測った。

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