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根府川関所で悶着

 江戸から三浦半島、湘南海岸を測量してきた伊能隊は、小田原藩の根府川関所で押し止められた。

『四月二十五日 朝晴。根府川村五ツ頃出立。直に御関所を通り候所、下役人通手無之旨を難し候間、去申年蝦夷地御用被仰付、栗橋御関所を通行に付、御関所往来の儀、御勘定方へ相伺候所、御勘定方御添触有之候上は、故障は無之旨被仰聞候間、そのままにて通行候所、何事も無之候。猶又、此度とても伺候所、御勘定御奉行御先触に候得ば、此上の手形は無之様被仰候趣を申候所、御代官手代、御普請役迄も手形持参の儀いわんや百姓、町人は手形無之候ては御関所往来難成旨を申候間、我等儀、百姓町人に無之、浪人の身分、伊豆国より奥州まで八ヶ国測量御用被仰付、御勘定御奉行御先触にて相回候得ば、此上の手形無之存候旨申上候得ば、下役のもの、上役へ度々かけ合候上にて、此度は御用差支にも相成候間、通し可申候得共、以後は手形持参候様下役共申候。御勘定方の添触さえ栗橋御関所無滞通行候所、いわんや、御勘定御奉行の御村触、此上の手形は無之儀、重ては手形持参不致候儀、不承知の旨申募候はば、役人共に当惑為致可申候得共時刻も移り候えば無言にて罷通り候。』

 現代風の問答で表現してみれば
関所下役「御用旗の方々、関所手形を拝見します」
忠敬「さような物は持っていない。幕府御勘定奉行のお指図により諸国を測量しているもの。ここに命令書も所持している。お通しください」
関所下役「それとこれとは別の話しです。関所には関所の大法があります」
忠敬「関所の通行については江戸で勘定所に伺った。江戸では、奉行の命令は手形以上の証明だから、手形はいらないと言われたし、実際に栗橋御関所では何の問題もなく通行できた」
 下役は上司の意向を聞いて答える。
関所下役「幕府の御普請役でも通行のときは手形を持参しています。まして百姓・町人の身分で手形を持参しないものは通すことは出来ません」
 忠敬はカチンときた。
忠敬「我らは百姓・町人ではなく、元津田山城守家中の浪人である。幕府天文方に所属し、御勘定奉行の先触れにしたがい諸国を回国しているもの。手形は要らないはず」
 上役に取次いだのち、
関所下役「今度は御用に差し支えるので通しますが、次回は手形を御持参ください」
忠敬「御勘定奉行のお触れは手形以上の証明なので、今後も関所手形を持参する気は無い」
忠敬「一同出かけよう」

と忠敬は関所役人を無視して歩きだす。
郡蔵は心配して、
「先生大丈夫ですか」
忠敬「構わぬ。何も起こらないよ」
案の定、役人は何もいわなかったし、通行を阻止もしなかった。

 伊能隊は、根府川のほかにも第四次測量の途中、鉢崎関所で悶着を起こしているが、忠敬は元は商人なのに、長いものに巻かれろ的に、頭をさげるのは嫌いだった。筋を通して頑張った。師匠の高橋から、お前は大事業をやっているのだから、現地で分からない奴と、つまらないもめごとを起こして、しくじるな。と注意されている。

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